2022.6.5

やっぱり、主上は悪く言ってはいけません

現在、常設展示室では、特集展示「鎌倉殿とその時代」を開催しています。

 

これは、某公共放送のドラマに併せて、後追いではありますが、脚本の基になったであろう「吾妻鏡」を中心に展示し、解説しているコーナーです。

展示ケース1つのミニ展示ですが、すでに第12回となっています。大体、2週間に1回を目処に更新しており、ネットなどで大きく話題になった放送後には、その関係の箇所を更新しています。

 

5月の中旬の放送で後白河法皇に対して、主人公・北条義時が面と向かって「大天狗」といっているシーンがありました。

この「大天狗」については、源義経の要求で頼朝追討の宣旨が出た際に、時政が京都に下向して御所に届けた、頼朝の意思を伝える書状の中に「日本国第一之大天狗ハ、更非他者候歟、(日本第一の大天狗は今更他人を指すものではないでしょう<日本第一の大天狗はあなたでしょう>)」という一文で見ることが出来ます。

これは「吾妻鏡」文治元年(1185)11月15日と九条兼実(後白河法皇に頼朝追討の院宣を聞いて何度も聞き返していた人)の日記である「玉葉」文治元年11月26日に同じ書状のことが書かれています(双方で少し内容が違いますが、同じ書状のことを書いています)。

この大天狗の文言は、頼朝追討の院宣を取り次いで頼朝と義経の間を右往左往していた高階泰経を指すという説もありますが、ひとまず、ドラマでは後白河法皇としています(高階泰経はそもそも登場していませんが・・・)。

 

家でドラマを見たあと、「吾妻鏡」と「玉葉」を捲りながら展示の準備をしていたのですが、この時にあることに気が付きました。

最初、ドラマが終わった後に「玉葉」の刊本(国書刊行会、1906年刊行)を見ていたのですが、そのあとに国立公文書館の公開画像で資料画像を見ていると、該当箇所にあの「日本国第一之大天狗ハ、更非他者候歟」がない!

あれ?と思いながら、とりあえずデータベースで公開されている「玉葉」の写本にある、文治元年11月26日を片っ端から見てみたのですが、全てにあの文言がない・・・(見落とした本はあるかも知れませんが)。

 

何故かと考えてみると、国書刊行会の刊本は、兼実の子孫である九条家に伝来していた写本を底本(活字に起こす基となる本)にしているとのこと。

そして、公文書館のものは全て江戸時代に写されたものでした。

ということは、どうやら江戸時代にこれらの「玉葉」を写した人は、上皇を直接「大天狗」と批判した文言を敢えてカットしたのか?ということに思い当たりました。

九条家の方は、家の先祖の日記だし、そこまでは気にせずに全てをきちんと写したのでしょうが、江戸時代の写本の方は主上を直接罵っているのは都合が悪かろう、ということで、江戸時代になってから削除されたのか、あるいは江戸時代までに写される段階で既に削除されていたのか、という結論にいたりました(私の中で勝手な推測ですが)。

ただ、この「日本第一之大天狗」の解釈については、少なくとも鎌倉時代以降に「玉葉」を見た人たちは、「大天狗」は後白河法皇を指している、と理解していたのかなぁ、と思った次第です。

 

いずれにしても、ドラマでは後白河法皇は大天狗ぶりを遺憾なく発揮していました。

個人的には、高階泰経の他にも、源通親(兼実の政治的なライバル)、藤原定能(後白河法皇から信頼されていた近臣)、平頼盛(頼朝を助けた池禅尼の子で清盛の異母弟、鎌倉にも下向している)など朝廷の貴族たちが出てきたらよかったのに、と思ったり思わなかったり。

しかし、左右に丹後局と平知康(この前、御所から追い出されていましたが)を従える後白河法皇だけでなく、最後に北条義時に立ち塞がる後鳥羽上皇にいたるまで、朝廷の面々による今後の活躍も楽しみの一つです。

 

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