2024.2.5

青谷上寺地遺跡「最初」「最大」「最多」・・・ “びっくり”のオンパレードをふりかえる!①  

青谷上寺地遺跡展示館は、令和5年11月23日(木・祝)をもって閉館し、現在は館の後片付け・撤収業務を行っております。館内での展示・紹介業務は終了しておりますが、新しく県立の史跡公園が開園して、HP機能が終了するまでとはなりますが、青谷上寺地遺跡のこれまでにつきまして、当時の驚きを新聞記事等をもとに振り返ります。

 

※各新聞名は以下のとおりに略します。

朝日新聞(朝日)・読売新聞(読売)・毎日新聞(毎日)・産経新聞(産経)

日本海新聞(日本海)・山陰中央新報(山陰中央)

※写真提供:とっとり弥生の王国推進課 青谷かみじち史跡公園準備室(表示以外のもの)

 

☆空から見た青谷上寺地遺跡

⓪-1 空から見た青谷上寺地遺跡

⊡〔こんなことがあっていいのだろうか。一つの遺跡から「全国初」の遺物が手品のように次から次にわいてくる。〕(新聞記者・2000.12.19、日本海)

 

⊡〔木製品にせよ、骨角器にせよ、どの分類でもこれまでに例のない、あっと驚くものが見つかった。〕(調査指導に当たる専門家・2000.12.19、朝日)

 

 

・H4(1992)年2月

青谷・羽合道路新設工事に伴う事前踏査で弥生土器(やよいどき)や蛤(はまぐりばせきふ)の破片を表採

 

・H9(1997)年2月(試掘調査)

青谷上寺地遺跡発見・・・青谷町報告書Ⅵ(1997)P14

 

☆最初の試掘調査出土土器(鳥取市青谷上寺地遺跡展示館 撮影)

①-1 最初の試掘調査出土土器

・H10(1998)年

財団法人鳥取県教育文化財団による第1次調査着手。また、青谷町教委による試掘調査を継続。

 

・H10(1998)9/19(土)(朝日、毎日、日本海、山陰中央)記事

石製(せきせい)ミニ銅鐸(どうたく)出土 全国2例目

→ 銅鐸ではなく「石製棹秤権(せきせいさおばかりけん)」か?・・・(けん)は全国で複数出土。

→ 使用に際して交換価値を品位・量目を検査して測って用いる貨幣(かへい)

(秤量貨幣(しょうりょうかへい))の重さを測る際に使用するおもり(権(けん))の可能性あり?

 

・H10(1998)11/5(木)(朝日、山陰中央)記事

土壙墓(どこうぼ)から人骨検出・・・青谷上寺地遺跡で人骨も遺存する土壙墓は極めてまれ。

 

・H10(1998)11/8 (日)(朝日、読売、山陰中央)記事

弥生後期の祭祀場跡(さいしじょうあと)ト骨(ぼっこつ)検出 (祭祀場は全国2例目)

→ 卜骨は数十点出土。一つの遺跡から出土する量としては全国最多クラス

⇒ 1999年12月3日記事(95点出土)参照

 

・H10(1998)11/25(水) )(朝日、毎日、日本海)記事

(かせん)」出土 (日本海側では初)

→ 第1次調査で4枚出土。その後新たに1枚出土で、現在5枚

 

・H10(1998)12/1(火)(山陰中央)記事

大陸由来の鉄器及び鹿角製(ろっかくせい)かんざしや多数の(こっかくき)出土

→ 刀剣(とうけん)の柄(え)の先端部につけるシカの角で作った飾(かざ)全国初

 

・H11(1999)9/8(水) (朝日、読売、毎日、日本海、山陰中央)記事

弥生後期の総延長100m以上の大規模(だいきぼ)な護岸施設(ごがんしせつ)(矢板列(やいたれつ))は国内最大級

 

・H11(1999)12/3(金) (読売、毎日、日本海、山陰中央)記事

4本結合銛(けつごうもり)(結合式固定銛(けつごうしきこていもり))出土(全国初)

→ 1999年12月7日日本海記事参照(ミクロネシアの銛とそっくり)

 

☆結合式銛出土状況

①-2 結合式ヤス出土状況

・H11(1999)12/3(金)(日本海)記事

「あおやかみじち応援団」結成の価値あり(東風西風記者)

 

・H11(1999)12/3(金) (朝日、読売、毎日)記事

ト骨95点出土と発表(全国最多)

 

・H11(1999)12/6(月)

あおや郷土館で「かあなもんがでたわいや! ‘99青谷上寺地遺跡出土品速報展」

 

・H11(1999)12/10(金) (日本海)海潮音

妻木晩田遺跡が集落跡や墳丘墓の『大規模住宅展示場』とするなら、青谷上寺地遺跡は生活雑貨用品あふれる『スーパーホームセンター』

 

・H12(2000)1/27(木) (日本海)

17点出土している(ふんせき)が縄文・弥生時代を通じて初めて人間のものと断定。これまで弥生時代の糞石として知られるものは奈良県の唐古・鍵遺跡出土のものは犬の1点のみ。また縄文・弥生時代を通じて全国最長の長さ3.3m(なわ)出土。縄の素材はカズラ。

 

・H12(2000)2/9(水) (日本海)

弥生時代としては類例のない形態をした木製人形(もくせいひとがた)出土

→ 脚のついた板性の人形は奈良時代(8世紀)以降に一般化

 

・H12(2000)2/27(日) (日本海)

檜の枝を輪にしたものに1個ずつ通した(どだま)出土このような状態で出土したのは全国で初めてただし、用途は不明のまま。

 

☆土玉

①-3 土玉

・H12(2000)3/23(木) (日本海)

縄文・弥生時代を通じて、国内最大の板材出土(長さ2.3m、幅0.8m、10枚)。総延長100m以上の弥生時代最大の護岸施設の一部(土留め)として杭止めされていたもの。当時はのこぎりや鉄のカンナなどの製材道具はなく、そんな時代にこれほど大きな板材がつくれるとはだれも想像できなかった、常識を覆(くつがえ)すあっと驚く大発見だ(工楽善通氏)。(※1999年9月8日、国内最大級護岸施設記事参照)

 

・H12(2000)3/23(木) (日本海)

弥生時代としては最大(もくひ)や角材などの大量建築材が出土。弥生時代の建物の規模や構造といった実像を知るのに重要。

→ 掘立柱建物復元CG楼観()の復元CG